ライン川沿岸に位置する小国ヴォルフクローネ。ヒルダはその王家の娘として生まれた。幼少期に母親と兄を病で亡くしながらも、最愛の父王の庇護の元、彼女はたくましく育っていく。
少女としては少々活動的にすぎたかもしれない。文武両道を旨とする王家にあって、城内で勉学に励むべき時も、ヒルダは時として家臣の目を逃れて野外へと繰り出し、平民の子供たちとともに野に遊び疲れ果てるまで帰らぬこともしばしばだった。
激流のごときヨーロッパの歴史の中で、小国が独立を保つのは容易なことではない。たくみな外交術、民の信望……王家に求められる資質は様々だったが、その中でも外敵から身を守るための力、すなわち高い武力こそもっとも重んじられる素養であった。ヒルダも幼少から身体を鍛え、王家に伝わる武術を学んだが、その腕前はおなじ年頃の者たちと比しても抜きん出ており、卓越した身体能力と才能には戦上手でならした父王も、また親衛隊の戦士たちも目を見張るほどだった。
訪れた試練が単なる戦であったならば、彼女は間違いなく武勇の誉れを勝ち得ただろう。だが王家に生まれた真の勇士であるならば、それ以上の困難にも、時として残酷すぎる運命にも立ち向かわねばならない。
幸福な少女時代に終わりが訪れた時、彼女の本当の覚悟が試されようとしていた。