この乱世を生き延びることは難しい。ましてや屈折することなく真っすぐに育つとなればなおさらである。彼、ファン・ソンギョンは両親を失いながらも強く、逞しく、そして正しく成長した一人であった。成家式道場に入門し、大刀術を修めたことが、その助けとなったことは間違いがあるまい。武神と称されたほどの剣豪ソン・ハンミョンに見出されたのは剣技のみならず、人格においてでもあった。師はファンを養子に迎えてもよいとさえ考えていたのだ。
海を隔てた隣国・日本が統一されつつあるという報せがもたらされたのはその頃であった。時を置かずして水軍の将であるイ・スンシンの元に志有る若者たちが集い、沿岸の警備を固めたのだが、その中にはファンの姿もあった。そんな折、遥か西方から流れて来た「救国の剣」ソウルエッジの噂。国は希望に沸き、噂の真相を確かめるべく国王は有望な若者であったファンにソウルエッジ探索の任を与えた。
それから数年、やはりソウルエッジ探索のために国を飛び出していた師の娘、ソン・ミナを連れて帰国した彼の心中には、ソウルエッジが「救国の剣」ではなく、むしろ邪悪な「亡国の剣」なのではないかという疑惑が渦巻いていた。そんな彼が「救国会」なる組織のことを知ったのは何かの兆しだったのかもしれない。救国会はいずこからか手に入れたのであろうソウルエッジの破片を「秘石」と呼び、その力を行使する「巫子」を奉っているというのだ。国内に不穏な芽を残しておくわけにはいかないと彼は救国会の会合へと潜入し……そして消えてしまった。ミナや師ハンミョン、イ・スンシンらが捜索を続けたにも拘わらず、ファンの行方は杳として知れなかった。消えた英雄、そしてソウルエッジを奉る「救国会」……朝鮮という国全体に、暗雲が広がっているのは明らかだった。
――それから約半年後、星辰の力が満ちた摩天嶺の奥地にある遺跡。かつて暗行御史として名を馳せた熟練の道士、ウォン・スヒョンのもとから一人の男が旅立った。手には破邪の力を秘めた黒刀と、符術を操るための呪符。胸には悲壮とも言える覚悟を秘めて。名と過去を戦衣で覆い隠し、影は闇夜を駆けてゆく――時代の闇を斬るために。