流派「神伝対馬流抜刀術」

肥前国の武家に代々伝わり、宗家の名に由来して「九重流抜刀術」とも称する神速の剣技。その真髄は何編かの奥義書に分けられているといわれ、一説には剣技のみならず殺意を御し自在に放つ法すら修めるのだという。剣術流派にありがちな大言と一笑に付されなかった所以は、神伝対馬流抜刀術を修めた剣客が各地で残した数々の武勇伝によるものであろう。もっとも、その名を信じるならば神より伝えられた剣術となる。しかし抜刀術の成立時期を考えると、こればかりは流派の格を上げようとする試みだとする説が強い。
一たび刃を抜くや瞬時にして斬り終えるその技法は、発想からして暗殺のための剣に他ならない。たとえ剣技や型の名に古歌に由来する言葉を用い、また雪華のように刃を色鮮やかな傘に包もうとも、その本質を十全に覆い隠せているとは言い難い。事実、この流派には「裏九重」と呼ばれる暗部が存在し、彼らは主命に従って敵を闇へ葬ってきたという陰の歴史を持つ。裏九重の暗殺者たちは十手術や棒術などに加え、仕込み杖や仕込み傘といった暗器術、果ては怪しげな妖術までも習得していたと噂される。
研鑽を積み、精神を研ぎ澄ますことで限りなく鋭さを増してゆくこの流派は、身のこなし、刀の扱いのいずれにおいても人ならざる領域の技術を要求する。「雪」「月」「花」の名を冠した三種の極意を極めんと欲する者は、己のすべてを捧げてなお至れぬ境地に気付かされるという。――神によって伝えられた剣術――。その名に込められた真意を理解できるのは、人の道を離れ、飽く無き求道の極点へ踏み入った者だけなのかもしれない。