戦国の世において、忍者と呼ばれる者達の活動が合戦の行く末、あるいは謀略の成否に大きな影響を及ぼしていたことは疑いない。忍び衆が主を持つことなく、報酬次第でさまざまな陣営に属することは暗黙の了解であった。天下の帰趨は彼らの関心事でなく、ただ術を極めることのみが忍者の生きる目的であったのだ。
富士山麓に里を構えた万字一族は、当時急速に権勢を高めつつあったある戦国大名の魔手にかかり、一族滅亡の憂き目に遭う。だが、その術は滅びなかった。ただ一人の生き残り、吉光が万字一族に伝わるあらゆる技を体得していたのである。
万字忍術の奇抜なる体術の数々は相手の意表を突くことを眼目としており、みずからの動作を見切られることなく敵を討つ。直刀である忍者刀ではなく、反りのある刀、すなわち日本刀の技を中心として組み立てられているのも特徴で、潜入先で武器が手に入った場合や、侍衆に変装しての行動を念頭においたものとも考えられる。その技を極めた吉光の太刀筋は、当時一流の剣術家にも比肩するものである。